1. >>
  2. >>

2015年1月22日

入れ歯の歴史ー5

yjimage 院長です(^^) 早速昨日の続きです♫

江戸時代の入れ歯

写真の入れ歯は「木床義歯」と言いまして、黄楊(つげ)の木で出来ています

黄楊は、材質が強く割れにくく、彫刻し易く肌ざわりもよいため、入れ歯の材料に適しています

黄楊の木を輪切りにし、24時間煮てから水中に保存したものを彫刻し、入れ歯の形に仕上げていきました

前歯の材料は、蝋石、動物の骨、象牙、人間の抜けた歯などを使い、人工歯は、黄楊の床部に動かないようにはめ込み、前歯の横に穴を開け、三味線の糸で連結して固定しました

女性の入れ歯は、黒柿の木を使い、お歯黒をつけているように前歯を黒くしたのです

顎の型とりは、密蝋に松やに、白蝋、ごま油などを混ぜたものを使って蝋型を作り、荒削りな入れ歯を合わせながら仕上げていきました

細かい入れ歯の調整は、食紅を用い、当たって痛いところを少しづつ削り、精巧に仕上げていったのです

この木床義歯製作のルーツは、仏師の手慰みから始まったといわれています

安土桃山時代頃より、あるいはその後、仏像彫刻の注文が少なくなり、仏師は逆に義歯をつくることで生活の糧としたのではないかといわれています

義歯をつくることを専門とする集団ができ、彼らを口中入歯師と称するようになったのです

彼らの中には義歯をつくるかたわら抜歯や口中の治療も行う者がでてきました これらの者を歯医者と称したのです

従来の口中科、口中医は、一般医学を修得し、口腔疾患、咽喉疾患を中心に、抜歯も行ったが義歯をつくることはなかったのです

口中入歯師が口中医と全く違うところは、医学的専門教育を全く受けていない点です

彼らは義歯製作専門技術の修得を中心とし、その養成は組織的な統率下で老巧な者についてその技術(業)を習い、師弟というより親分子分の関係にあったのです

彼らの技術は全く修業のみによる熟練の結果と多年にわたる経験によって得たものです

彼らが台頭し始めたのは室町末期から江戸初期で江戸中期頃には広く全国に散って営業し、口中医にかかれない民衆に親しまれた大衆的口中治療者でもありました

現代の歯科技工士ですね♫

078-793-1320